2016年2月10日水曜日

94羽:ZARDよ永遠なれ

本日2月10日は、ZARD 25回目のデビュー記念日!
そして、デビュー25周年記念オールタイムベスト『ZARD Forever Best ~25th Anniversary~』の発売日。最新デジタルリマスタリング&高品質CDでさらに輝きを増した“永遠のスタンダード”全52曲収録!
あぁ~、喉から手が出るほど欲しい。
恥ずかしながら、中学時代から意外にも大ファンな俺。
あるアルバムの特典としてクルージングライブの秘蔵映像を収録したビデオを持っている。開封するのが怖くて未だに未開封のまま、思い出としてタンスの肥やしとなっている。
更にデビューシングルから持っている自分が恐ろしい。


人生で一番勉強した時間。
それは高校受験の時。
夜中の2時、3時は当たり前で勉強を続けた。
人の中には音楽を聞きながら勉強をすると効率が良くなる人という類の存在がいる。俺もその一員であり、受験勉強中はずっとZARD三昧だった。今でも変わらず何かを考えたり行動したりする時は音楽抜きではやってられない。
休憩はストーブで熱せられたお湯にココアを溶かし、ZARDに浸る。
鋭気を養って、ZARDのBGMの中、勉強を再開。
今までの中で一番必死に明け暮れた。
それを支えてくれたのがZARDだった。


今回の話は、坂井泉水さんの冥福を祈る深い意味がある。
ZARDのボーカル坂井泉水さんは約9年前、2007年(平成19年)5月27日に亡くなった。享年40歳と若くして。

『負けないで』は、知っての通り24時間テレビのラストランで未だに使用されている。ミリオンセラーを連発する大歌手だった。
だが素顔はあまり知られていない。

坂井泉水さんの本名は、蒲池幸子さん。1967年(昭和42年)2月6日生まれ。神奈川県平塚市に生まれ、同市および同県秦野市などで育った。
学生時代は、運動と音楽などのサークルで活躍していた。短大卒業後、不動産会社に約2年間勤務。
その後、モデル、レースクィーン、キャンペンガールなどを経験する。
このとき所属していたスターダストプロモーションの経歴では、年齢を2歳ごまかしていた。
美人タレントとして、TVや雑誌などにも出演するが、一方でセミヌード写真集『NOCTURNE』も発売している。

その後、歌手を目指し、音楽プロダクション「ビーイング」所属のZARDのメンバーとなった。
デビューは、1991年(平成3年)(24歳) 2月10日。
『Good-bye My Loneliness』というシングルだった。
あぁ、かなり懐かしい。

以降、順調に音楽活動を続け、『負けないで』『揺れる想い』『マイ フレンド』など9作でミリオンヒットを記録。
女性ボーカルでCDの歴代売り上げトップの座は今でも変わらない。
魅力的な声ばかりでなく、坂井泉水さんはステキな作詞も作っていた。
晩年は、音楽プロダクション「ビーイング」の関連会社「泉水(SENSUI)」に所属し、同社の副社長を務めた。

美人なのに、一生、独身であったが、一方で恋の噂はあったらしい。


「あの日」のことは、いまだに、自殺か?事故か?死因はわからない。
多分タブーなんだろう。

俺は「自殺」だと未だに思っている。

2007年(平成19年)5月26日の午前5時40分ごろ。
坂井泉水は東京・信濃町の慶応大学病院の駐車場で、頭から血を流して、あおむけで倒れていた。
通行人が発見し、集中治療室で手術を受けるも、2007年(平成19年)5月27日午後3時10分、死亡。直接の死因は、後頭部の脳挫傷。

病棟脇にある非常用スロープ(高さ約3メートル)から転落したと思われる。
と、慶大病院のある関係者は証言する。

「患者があんな早朝に、非常通路に出入りすることは珍しい。しかも、雨が降っていたので、散歩も不自然だ。自らの意志で、スロープの手すりを乗り越えたとしか思えない。手すりは、大人の胸の高さある。つまり自殺だ。病院関係者の多くがそう見ている」
他にも、証言を探していくと、慶大病院の医師や看護師は「自殺」と見ているようだ。

このスロープは、普段、施錠してある。
病棟からは、直接出入りはできないという。

警視庁の発表によれば、坂井が手すりを乗り越えた痕跡が見つかっている。
「足を滑らせた」と発表した事務所側のコメントと大きく矛盾している。

事務所側は反論する。
「遺書もなかった。病室が整理された様子もない。彼女は、復帰にはとても意欲的だった。自殺ではない。事故だ」
この事務所側の発表に対し、病院側は、怒りを感じているという。

もう一つ重要な点がある。

手すりは1階部分で、約3メートル。
つまり、「自殺で3メートルの高さは低すぎる」という不可思議な点。
それを逆手に取り事故説として、「坂井が手すりに腰掛け、誤って転落した」・・・という可能性もある。
それでも、打ち所が悪くても死にはしないだろう。そして、事故死ではないだろう。

理由は、坂井さんの病状にある。
彼女は、2006年6月1日(39歳)、子宮頸がんで手術を受け、その後、2007年4月(40歳)、肺に転移が見つかり、抗がん剤での治療を受けていた。
客観的に見て、病状は「かなり厳しいものだった」と考えざるを得ない。
また抗がん剤の副作用などでも、相当苦しめられていた可能性が強いと考えられる。

苦悩した故の「自殺」・・・なのだろう・・・か・・・
美しいまま、圧倒的な存在の中、死ねたのならそれはそれで彼女にとって本望だったのかもしれない。


どうあれ、俺は彼女を忘れない。
今、俺が様々な経歴を持つきっかけを作ってくれたのもZARDだ。
歌詞が、歌が、声が後押ししてくれる、心の支え。
できれば、俺が死んだら同じ墓標に入れて欲しいぐらいだ。

今日というデビュー記念日と共に深い冥福を祈ろう。
そして、これからも聴き続け、応援してもう。
ZARDという今は亡き永遠なる存在に。

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