2015年12月20日日曜日

42羽:年の瀬になると、中島みゆきがグッとくる。

ゲームのやり過ぎで、親にファミコンを隠された。
こんな経験をしたこはないだろうか。

俺はあった。

隠されたファミコンを見つけては、やり始め、見つかり、怒られ、また違うところに隠される。
イタチごっこが続き、ラスボスの親父にこっぴどく投げられる。
廊下に叩きつけられる。
外に締め出しにされる。
今なら虐待とかになるのだろうか。
昭和の考えが染み込んでいる俺からすれば、今の若い親は甘すぎる。
過剰すぎる。


昔の俺の姿がムスメに投影されている。
さすがに、投げはしない。

見ていた動画はauのCM「三太郎シリーズ」。

最初は俺もダンナも見ていない動画があったから興味を持って見ていた。
しかし、子供とは一度はまると、エンドレスリピート。
見ているときは、集中しすぎて俺らの声は届かない。

「ぷるぷる♪」
「どこでも繋がる・・・・」
「ぷるぷる♪」
「どこでも繋がる・・・・」
音楽、台詞がエンドレスリピート。

15秒という短いCMが10分は流れたところ。

ブチブチ。
緒が切れそうだ。

「もうおしまい。」
「えー、まだ見るー。」
「目ぇ悪くなるよ。」
「大丈夫だって。」
「大丈夫じゃないから!」

やり取りがクレッシェンドしていき、ついにフォルテシモ。
ギリギリで繋がっていた堪忍袋の緒が切れた。

「隠せ!!!」

このままではコミュニケーション能力、協調性の欠如に陥る。
ダンナに大きい携帯を隠させた。


ふと気づくと、隠されたであろう所をムスメが探しに行く。

「何してんの?」
「ん~?携帯探してんの。」
「探してどうするの?」
「探すだけだから~。」
ムスメにとっては宝探しゲームになっている。
当時の俺を重ね合わせる。

「パパ~、どこにあるか知らない?」
「うん、知らない。だって、ママが隠したからねぇ。」
そう、俺さえどこにあるか知らない。
本音を突きつける。

「それより、そこ寒いからこっち来な。」
探すことを止めさせる。

その次の日も探している。
「だから、そこにはないでしょ。」
「うん~。」
「諦めなぁ。」
「うん~。」
諦めが悪い。
似ている。やっぱり親子だ。


ダンナは帰ってきたら、読書。
ソード・アート・オンラインに今度はダンナがはまっている。

「○○さんには出すのー?」
俺はダンナの分まで年賀状の編集作業している。
「・・・・」
返事はない。
ボリュームを上げる。
「○○さんには出すのー!?」
「あ~、出す。」
「じゃぁ、○○さんは?」
「んあ、誰?」
言葉は宙に舞い、届いていない。
想像することで頭の中のCPUを使いすぎ、「年賀状ソフト」は応答しなくなっている。
一度強制シャットダウンさせなければ。
「おいこらー、人に遣らせといて!ちょっとこっちこいや!」

読む事をを中断させる。
こうでもしないと、進まない。
だって、人の年賀状なんてわかんねーから。

こうして、一時チェックが終わり印刷に入る。
もちろん、ダンナは読書に戻る。


印刷完了。
出来立てホカホカの年賀状をダンナに渡し、コメントを記入してもらう。
「この人印刷しなくてよかったのに~。」
ダンナの愚痴が入る。
でも、それは、
「はぁ?昨日聞いたら出すって言ったじゃねぇか!」
「だったかな?」
「確認したろう。というか、昨年貰った人でまだ職務についてる人には出すべきだろう。今年も送ってくるだろうから。指示能力低すぎ。先読みして指示は出せ。」

追加で付け加える。
「読書禁止令を施行します。」

そう、ダンナこそ、一度集中すると、周りはおろか自分のことさえも疎かになる。
ムスメの元凶はダンナにある。

ムスメも、
「ママ、本読むのダメ。だって私の話も聞いてないもん。」
ムスメにまで言われる始末。


こうして順調に年賀状を書き進めるダンナ。
「ここ、夫婦別姓だよ。」
ダンナの衝撃的な言葉。
ミスった。

先日、民法で夫婦別姓を名乗ることは合憲と認められた。
個のアイデンティティの確保、そして世論の関心が低いことから合憲という運びとなった。

「まじかよ~。」
去年の年賀状を見返す。
マジだ。
別姓だ。
「別姓とか合憲になったからやるしかねぇか。失礼だしな。ってか、去年の年賀状間違いまくり・・・」
「届いてなかったのは住所違ってたからかぁ。」
呆気らかんなダンナ。
「あぁ、俺が知る限り、相当前に引っ越してんぞ。」
「だからかぁ。」
何をしてたんだ去年のダンナ。
失態だらけだぞ。

「それにしても、別姓は年賀状作るのがめんどくせー。」
もっと世論を盛り上げるべきだ。
違憲でなくてもいい。
しかし、ほんと面倒なのは確かだ。
関心持って積極的に関らなければ、時間がもったいない。

アイデンティティも大事なのは分かる。
「家族なんだから一緒にすればいいのに。」
愚痴りながら再印刷。
「一」世帯なのだから、同姓を共有し、死に絶えていった方が「家族」としての価値は高いように感じる。
同姓で「家族になろうよ」。


本は隠しはしなかった。
大人は我慢が出来るから、中毒ではない限り発狂しないと踏んだ。
読禁の為、やることがないダンナはムスメと遊ぶようになった。

これが、家族だよ。

個々の遣りたい事も大事。
しかし、時には話をし、ジャレ合うことも大事。
時間を上手く使い家族の「絆」を深めなくては。

「光陰矢のごとし。」
時は無常にも儚く過ぎ去る。

後、何年、ムスメと遊べるだろうか。
後、何回、クソ親父とお袋、バカ弟に会えるのだろうか。

限られた時の中で生きていくのは無情だ。
使い方は自分、お前次第。

俺には、クソつまらない生き方は性にあわねぇ。
だから、愛想尽きるまで付き合うさ。

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