2016年6月2日木曜日

207羽:あとがき

えー発表です。

昨日をもってニートでなくなりました。
なので、「リアルニート侍の日常」は本日を持ちまして、終了させて頂きたく存じます。
長ったらしい日記を、まとめて読んでくれた人、毎日読んでくれた人、コメントをくれた人。
みなさん、本当にありがとうございました。


このくそヤローがなどと思われた方もいたでしょう。
俺はそれで全く構いません。
どう考えようと、それは本人が考えること。
俺は、考えるきっかけを作れればそれでよかったんです。


個人、今では日記を書かなければ気が済まない性分となってしまいました。
既に、日中症(日記中毒症状)なので、どうにかこの気持ちを晴らしたいと思います。
まぁ、1年間さぼらずに書くと決めたことですし。


なので、新サイト開口します!
以下、サイトが新サイトです。

koooooooot.blogspot.com

ニートから転生した社会人日記。
その名も「モザイクトーク」(注)R-18禁とかエロいもんではありません。)。

概要は1話で説明を。


機会があればご覧下さいませ。


ありがとうございました。

2016年6月1日水曜日

206羽:アップデート

「アップデートをすると以前のバージョンに戻れなくなりますがよろしいですか?」
はい。
「ニートに戻れなくなりますがそれでもしますか?」
ふぅ~・・・
深呼吸で間を置き、慎重に。

はい。
ポチっとな。

「アップデートを開始します。」
人生大型アップデート開始。
本日から「脱ニート」。


ニート暦約1年半。
長かったような短かったような。
人生の小休止が終わる。

勤め先は、保険会社。
ネット通販的な保険会社ではなくて対面式。

何故保険会社なのか?

事の発端は3ヶ月前。
生活費を圧迫する保険。
がん保険を一部解約したくて連絡したことがきっかけで折り返しの電話を待っていた。
返信の内容は全く意外の物だった。
保険の解約ではなく、「うちで働かないか?」という部長からの誘い。
考慮時間は0タイム。
この電話で決めなければいけなかった。

するの?
しないの?

究極の二択だった。


逡巡した。

人が生きる事。死んでいくこと。
何故生きるのか?何故死ぬのか?死ぬのに何故生きるのか?
約1年考えたが、その答えは出なかった。
まぁ、当然だ。約4500年前から哲学的に考えても答えは出ていないんだから。

だから、この問いに対し、俺は考えない事にした。

しかし、俺には生きる価値がないとも考え、本気で死を考えた。
それでも、残された遺族は生きていかなければならない。

生きるってなんだ?
お金ってなんだ?
仕事ってなんだ?

俺の答えは、
生きる=自然。
お金=生きる上で必要不可欠。
仕事=お金を稼ぐ事。

仕事へのモチベーションってなんだろう?
生き様、家族を護る、生活の知恵を得る。
お金の奴隷にならず、上手に付き合う方法を追い求めたい。
その出した答えが主に保険を得意とするライフコンサルタント。
それを目指している中で、舞い込んできた社会復帰の話。

残された俺の遺産ってどんなもんだろ?
政治や社会、金融、財産、色々な事象について、俺なりに答えを探し続けていた。

電話で出した答えは、
「取り敢えず勉強しに行くって形でどうでしょう?自分に保険業務と家計財務に興味があって、能力的に会社側から必要と認められた時は、また考えます。」
という、超曖昧な返答で翌日から勉強をしに通い始めた。


3ヵ月間。
朝9時から15時または16時。
土日祝休み。
一般的なパートタイムで無給のまま勉強し続けた。
今考えるとある意味、採用までの内定期間だったのかもしれない。

調べる分析。調べる分析・・・
繰り返し試算の連続。
ニーズに合うかどうか。
もし仮に俺が死んでも、家族や家は残るよう人生設計はしていた。
いや、していて然るべきなのだが、一石二鳥の裏ワザを自分の保険で自分を試す。

損するか、得するか。
揉めるか、揉めないか。
みんな知りたいはず。


ネットやAIが流行ってきてるのに何故対面式かって?
そりゃぁ勿論、人が好きだから。
それに、人の人生を賭けてもらえるお守り的な商品が保険。
顔の見えない世界に、大事な財産を預けたくない。これが俺の本心。

性格上嘘がつけない。
嘘をついても顔に出るタイプだから、すぐにばれてしまう。
バカ正直にするしかない、どうしようもないタイプの人間。
だから、対面式の信用第一の仕事には自信がある。


昨日、正規雇用の話に。

「人生預けます。」

即答で応えた。

勤め先は大学時代からお世話になっている保険会社。
上司にはFP2級取得者の方もいる。
損する話はどこにもない。
逆に生きていく上で、困るであろうお金について、どれだけ人に還元できるか、得するかを真剣に考え、提案していく会社。

そしてなにより嬉しいのは、数字と言う成績を取らなくて済むと言う事。
だから無理な提案もしないし、荒売りもしない。
人それぞれに合った、人生の道しるべとして仕事をしていく。
道義として俺に合っている。

人にとって、
縁の下の力持ち。
人生のお守り。

そういう体系で俺の仕事は構わない。

よく人生相談受ける。
俺は多分話し易いんだろうなぁ。
だったら、的確なアドバイスが出来るようになりたい。
そう思って当然の「人生預けます。」宣言だったのかもしれない。


「アップデートが完了しました。」

アプデ完了。
さっき健康保険、雇用保険の手配を自分で済ませに走った。
ってか、こういう自分の人事関連も自分でする体験なんてもう二度とないだろうなぁ。
初日から爆笑だよ。

今日から社会復帰。
ある意味でセカンドライフが始まる。
サードライフまではここ1本だろうなぁ。そうあって欲しいなぁ。
羨ましいでしょ。俺の人生サードライフまであるんだぜ。


どれどれ、肩の力を抜いて働きますか。

万事屋へ本当の道、みーつけた。

2016年5月31日火曜日

205羽:フィットネスクラブTSUTAYA

敬愛する著者:丸山くがね氏。
作:オーバーロード(OVER LORD)。

前回9巻発売から約1年。
5月30日に10巻発売開始。

俺の脳内は昨年末からモモンガ一色。


累計250万部を売り上げているラノベ文芸なのに、何故TSUTAYAに新刊が陳列されていないんだ!!!!!

昨日からTSUTAYA4店舗行脚。
どこも、「取扱いしておりません。」の一辺倒。

いやいや、9巻までしっかり陳列されているのに何故?
オンラインTSUTAYAでは書籍売上1位になっているのに、何これ?
現地人とオンライン人との温度差が激しすぎるって!

昨年12月末発売の噂から、ずっと待っていたんだよ。
ず~っと延期になってやっと公式発表での発売。
待ちに待った10巻だよ?
なんで取り扱わないのさ?
現地人は楽しみにしてるんだよ?
え?楽しみにしているのは俺だけ?
いやいや他にいるでしょ?
店舗に取り扱われていない事実を受け入れ難く、俺を含めかなり凹んでる人もいるはず。


あ~、暑い!
暑い!暑いよ!もうっ!
この梅雨入り前の蒸し暑さ。
かなり溶ける。

行脚敢行もエアコン有でも汗だく。
ガソリンとカロリーだけを無駄に消費していく。


魔の巣窟、TSUTAYAさんよぉ。
本屋をやめていつからフィットネスクラブに転向したの?
車のガス代と腹の脂肪をかえせー!
それか、その脂肪を買い取ってよ!

2016年5月30日月曜日

204羽:親離れ+子離れ=悪夢の夜

「おはよ。どうだった?」
「キティーちゃんとクマさんがいたから大丈夫だったよ。」
「そいつは良かったね。これからも一人で眠れそう?」
「うん♪大丈夫。」
「そっか。」


先々週、デスク、ベッド一式を見たついでにムスメの部屋の大掃除を敢行。
大掃除といっても汚れているのではなく、おもちゃや衣類の分別奮闘だ。

「これはいる?」
「いらない。使えないから捨てる。」
「折り紙あるよ。」
「いる!いるところに。っと。」
「アンパンマンは?」
「ちっちゃい組さんが好きだから園にあげる~。」

捨てるもの、残すもの、寄付するもの。
こっちから聞いて3パターンに分けて、容赦なく廃棄と寄付を促す。

半日以上かけて終わりが見えてきた。
おもちゃが廃棄分2袋、寄付分1袋。
衣類がリサイクル分1袋、廃棄分3袋。
どこにこんだけの物が埋まっていたんだ・・・

更には、へその緒、お宮参りの札、髪の毛で作った祝い筆類の貴重品も出てくる。

家の建築時の写真集や権利書関係まで子供部屋から次々に登場。

完全に物置化されていたムスメの部屋を片付てみると、なんという事どうでしょう。
約11畳の部屋は1人では勿体無いほど広く、南側に面した窓からは陽光が煌々と照らされて、部屋内を反射している。
1畳と0.5畳のクローゼットが2つずつ設置されていた中身も、大幅に無くなり収納力も段違いにアップ。

南面を勉強・就寝スペース。ソファーで仕切って北面にテレビ・コタツを置いてplayスペースにすれば、尚更素敵な部屋になるだろう。
冷蔵庫もあれば完全に引き込められる。

自分の物ではないのに指を加えて勝手に妄想が膨らむ。


ネットで購入したデスク複合ベッドの位置を計り、そこへ布団を敷いてみた。
購入して、配送まで日がかかるので、ロープレしてみる。

「はい、部屋に入ってきたらどうする?」
「ここの電気をつけるー。」
「で、その次はー?」
「明日着る服を準備して、お布団の横に置くー。」
「で、その次はー?」
「電気をオレンジにして、寝るー。」
「おっけ!」

「で、朝起きたらどうするー?」
「毛布をたたんで・・・こう枕に置くー。」
「そしてー?」
「着替えを持って、電気を消して降りるー♪」
「オッケー!!いけそうだね?」
「大丈夫だよ、パパー。」

そうして2週間が経過。
ムスメは初めて自分の部屋で、初めて一人で眠りにつくことに慣れたらしい。
14日のうち、ほぼ自室で就寝。

壁1枚隔てた向こう側にムスメがいる。
就寝直後、壁に何かが当たる音が響く。
5分経ったら音もしなくなり、外音とダンナの寝息だけが聞こえる。

もう寝たかな?
寂しくないかな?
地震とかきたら、ソッコーであそこを抜けて・・・

なかなか寝付けない日々を送った。


いつも隣で寝ている寝相悪いムスメが居ないことが、こんなにも寂しいとは思わなかった。

親離れの第一歩。
そして、子離れの第一歩。

子供の成長は嬉しくも、切ないものだと知る。

けれども、ムスメの足蹴りは飛んでこなくなったが、ダンナが布団を横断している。
なぜ布団と直角になって寝てるんだ・・・

床に就き次第、即足が飛んでくる。
ムスメの足蹴りよりはるかに重い。

昨日の日本ダービーの夢でも見てるのか。

2016年5月29日日曜日

203羽:匠の技

人は皆、誰も出来ない事が出来てしまうと自分の技に陶酔する。
陶酔するからこそ、返って技は冴えてくる。

匠。
幅広く且つ、真に極めた者。

なってみたい。


昔、カメハメ波が打てると思ってた。霊丸も打てると思ってた。
やっぱり男は無謀な生き物。

そして今も尚・・・

炊き立てのご飯。それを保温する炊飯器。
わずか1mの間を詰めて、布巾を取る事が面倒だった。
油鍋に腕を突っ込む料理の匠を真似して、素手でジャーを掴んでみた。

ジューーーーーッ・・・

焼けた。
わずか1秒足らずの熱素で、指の腹に水ぶくれができてしまった。

俺の指の皮、薄すぎるわ!


素人が匠の真似をすると痛い目を見る。
きちんとしたプロの管理・監視下の元、修練を積んでからせねば。


けれど、そこは男。
とりあえず毎日やってみる。
いつか焼けどナシで掴める筈。

2016年5月28日土曜日

202羽:オバマ大統領の演説全文

ニュースからお借りしました。

以下、オバマ大統領の演説全文です。


71年前の雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界は一変した。閃光(せんこう)と火の壁が街を破壊した。そして人類が自らを滅ぼす手段を持ったことを明示した。
 なぜわれわれはこの地、広島にやって来るのか。そう遠くない過去に放たれた恐ろしい力について思案するために来るのだ。10万人以上の日本人の男性、女性、子どもたち、数千人の朝鮮人、十数人の米国人捕虜を含む死者を悼むために来るのだ。彼らの魂は私たちに話し掛ける。そして彼らは私たちに内面を見つめるように求め、私たちは何者なのか、何者になるかもしれないのかを見定めるよう求めるのだ。
 広島を際立たせているのは戦争の事実ではない。暴力的な紛争は原始人にも見られることが遺物から分かる。石英から刃物を作り、木からやりを作ることを学んだわれわれの祖先は、こうした道具を狩りだけでなく、同じ人類に対して使った。全ての大陸で、文明の歴史は戦争で満ちている。穀物の不足であれ金(ゴールド)への渇望であれ、国粋主義の熱狂的な扇動や宗教的な熱意であれ、帝国は興亡し、人々は支配されたり、解放されたりしてきた。節目節目で、罪のない人々が苦しみ、無数の死者を出し、彼らの名前は時間とともに忘れられた。
 広島と長崎に残酷な結末をもたらした世界大戦は、最も豊かで最も強力な国々の間の戦いだった。彼らの文明は、世界の偉大な都市や素晴らしい芸術を生んだ。その思想家たちは正義と調和と真実についての考えを進展させた。しかし、最も単純な部族間紛争の原因となった支配や征服への同じ基本的な本能によって戦争へと発展した。古いパターンが新しい能力によって、新たな制約もなく増幅した。
 数年の間に、およそ6000万人が亡くなった。われわれと何ら違いのない男性、女性、子供たちが、撃たれ、たたかれ、行進させられ、爆撃され、収容され、飢えさせられ、ガスで殺された。世界中に、この戦争を記録する多くの場所がある。勇気と英雄の物語を示す記念碑、言葉では言い表せない悪行がこだまする墓地や空になった収容所がある。
 しかし、この空に立ち上ったきのこ雲の姿は、人間性の中心にある矛盾を最も鮮明に想起させる。われわれを種として特徴づけるひらめき、思想、創意、言語、道具を作ること、自然界から人類を区別し、自然をわれわれの意志に従わせる能力。これらがいかに、不相応な破壊力もわれわれに与えるかということを。
 物質的な進歩や社会革新が、どれほどこの真実からわれわれの目をそらさせるのだろうか。われわれは、より高度な理由のため、暴力を正当化することをいかに簡単に学んでしまうのだろうか。全ての偉大な宗教は愛と平和と正義への道を約束するが、いかなる宗教にも信教を理由に人を殺すことができると主張した信者がいた。各国は犠牲と協調の元に国民を結束させる話を説きながら台頭し、偉業が成し遂げられるが、同時にこうした話は自分たちとは異なる人々を虐げ、人間性を奪う口実に利用されてきた。
 科学のおかげで私たちは海を越えて交流し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解するが、こうした科学的発見はより性能のいい殺りく兵器にも変わり得る。
 近代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれる。広島がこの真実を教えてくれる。技術は、人間社会の進歩を伴わなければわれわれに破滅をもたらす。原子の分裂へと導いた科学的革命は、モラルの革命も必要とする。
 だから私たちはこの場所に来る。私たちはここ、この街の真ん中に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。目の当たりにしたことに混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられない。われわれは声なき叫びに耳を傾ける。あのひどい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起きる戦争で命を落とす全ての罪のない人々のことを忘れない。単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできない。しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある。
 いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。その記憶が私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。その記憶が私たちに変化を促してくれる。
 そしてあの運命の日以来、私たちは希望を持てる選択をしてきた。米国と日本は同盟を構築しただけでなく、戦争を通して得られたものよりもはるかに多くのものを私たちにもたらした友情も築き上げた。
 欧州の国々は、戦場を商業と民主主義の結束に変えた連合を構築した。抑圧された人々と国は自由を勝ち取った。国際的な共同体は、戦争を回避し、核兵器の存在を制限、縮小し、究極的には廃絶を目指すための制度と条約をつくった。
 それでもなお、われわれが目にする国家間のあらゆる侵略行為、世界中でのあらゆるテロ、汚職、残虐行為、抑圧は、われわれの仕事が決して終わっていないことを示している。悪事を働く人間の能力をなくすことはできないかもしれない。そのため、国家、そしてわれわれが締結している同盟は、自身を守る手段を持つ必要がある。しかし、私の国のように核兵器の備蓄がある国は、恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、核兵器なき世界を追求しなければならない。私が生きているうちに、この目標を実現できないかもしれない。しかし、粘り強い努力によって破滅の可能性を低くできる。こうした備蓄の破棄につながる計画を立てることはできるし、他国への拡散や致死性の物質が狂信者の手に渡るのも阻止できる。
 しかし、それではまだ十分ではない。今日の世界を見渡すと、最も粗末なライフルやたる爆弾でさえ、恐ろしい規模の暴力をもたらすことができる。われわれは外交を通じて紛争を防ぎ、起きてしまった紛争を終わらすため、戦争自体に関する考え方を変えなければならない。われわれの相互依存の拡大を暴力的な対立ではなく、平和協調への理念と見なそう。破壊の力ではなく、つくり上げるもので国を定義しよう。
 そして、恐らく何にもまして、われわれは一つの人類の仲間として、お互いのつながりを改めて思い起こさなければならない。これも、われわれ人類を類ない存在としている。われわれは遺伝子情報によって、過去の過ちを繰り返すよう規定されてはいない。われわれは学ぶことができる。選ぶことができる。われわれは子供たちに別の物語を話すことができる。共通の人間性を描いたり、戦争の可能性を減らし、残虐さをそれほど簡単には受け入れたりしない物語だ。
 われわれはヒバクシャのこうした話を知っている。原爆を落とした爆撃機のパイロットを許した女性がいる。本当に憎んでいたのが戦争それ自体だったと分かったためだ。この地で死亡した米国人の家族を捜し出した男性がいる。彼らと自分自身の損失は同じと信じていたからだ。
 私自身の国の物語も、簡単な言葉から始まった。「全ての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」(米独立宣言)。この理想の実現は決して容易ではなかった。わが国内や国民の間でさえそうだった。しかし、この話に忠実であろうと努力する価値はある。それは、真剣な努力に値する理想であり、大陸そして海を越えて広がる理想だ。全ての人間の絶対的な価値を示し、全て生命は大切であるという揺るぎない主張だ。われわれは皆一つの人類という家族の一員であるとの根源的で必然的な考え方だ。これこそ、われわれ皆が伝えなければならない物語だ。
 これが広島を訪れる理由だ。愛する人、自分の子供たちの朝一番の笑顔、台所の食卓越しの夫や妻との優しい触れ合い、心安らぐ親の抱擁といったことに思いをはせるためだ。こうしたことに思いを寄せると、71年前にここで同じように大切なひとときがあったということが分かる。亡くなった人々は、われわれのような人たちだ。普通の人には分かることだと思う。皆、戦争はたくさんだと思っている。科学の驚異は暮らしの向上に焦点を当てるべきで、命を奪うものであってはならないと考えている。国々やその指導者が決断を行うときにこの単純な知恵が反映されれば、広島の教訓は生かされたことになる。
 世界はここで永遠に変わってしまった。しかしきょう、この街の子供たちは平和に一日を過ごすだろう。それは何と貴重なことか。それは守るに値することであり、全ての子供がそうあるべきだ。これこそわれわれが選択できる未来だ。広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たち自身の道義的な目覚めの始まりとして知られる未来だ。

以上。


朝から、読みきり感動。

5分の予定が17分に延長され、力の入った演説。
編集され、大事な部分が抜け落ちた短編ニュースの醜さが目に見える。

生で見たかった。
そして、やはりオバマ大統領は善良なる「人」であると確信した。
彼が日本の首相であって欲しいと思った。


大統領の演説は、本当に勉強になる。
言葉、抑揚を使いこなし、各重要ポイントで確実に治めていって魅了させる。
すごい。
プレゼンの参考にします。

2016年5月27日金曜日

201羽:歴史的1ページ

昨日の夕食。

食前酒:大田酒造の日本酒「半蔵 純米大吟醸」。
前菜:「海の幸 トマトの魅力をさまざまな形で」。
スープ:「伊勢エビクリームスープ」。
魚料理:「アワビのポワレ」と「伊勢エビソテー」。
肉料理「伊勢茶の香りをまとわせた松阪牛フィレ肉」。

豪華でしょ。

こんな晩餐、一度は体験してみたい。


5月26日から始まった伊勢志摩サミット。
今回の注目は、
・G7は世界経済成長のため世界をけん引する役割を担う 。
・世界経済を回復軌道に戻すため一段と強いメッセージを出すことが不可欠。機動的な財政戦略の実施と構造改革を果断に進める 。
・課税逃れや不正な資金の流れには厳正な対処が必要。
・中国の平和的な台頭に期待。国際的なルールに従って共存共栄していくように緊密に連携する必要 。
以上の点に要注意してみておく。

しかし、4つ目中国の話。
実際中国経済は不透明化され、停滞中の停滞しているが、人口約14億人いる国家の存在をないがしろにしている場合じゃないだろうか。
世界経済からして、日本は遅れをとっている。
そもそも論、G7に日本やEU諸国連合の参加は不要で、中国をいれるべきだと思う。


そして、この時点での「リーマンショック以前の状況に似ている」の安倍首相の発言。それに対する各首脳の「消費税増税は延期すべき」の反応。
だったら「延期する方向で検討します。」安倍首相。

これに対しては与野党が反発するのも当たり前だよ。
「本当に増税を延期していいのか。」
「安倍首相は任命責任をとって辞職。」

「国民の審議を問う」と安倍首相。

どちらにせよ、今年の夏は消費税を争点とした衆参同時選挙の可能性あり。

ん~。
でもなんかおかど違いのような・・・

日本の景気がよくなれば、世界規模で景気が変わる?
いやいやいやいや、ウォールストリートじゃあるまいし。

大借金を抱えた日本。
増税延期をすれば勿論借金の返済が遅滞する。
各国家は利子を求めて、増税延期を提案している気もしてしまう。

安倍首相も安倍首相だと思う。
発言を鵜呑みにし過ぎ。
最後まで走りきってよ。

そして野党。
自分たちでもできないことを、あーだこーだ言わない。


今、誰が何と発言・行動しようが、「波」に乗ってしまっている以上、劇的に事態は変化しないと思う。


今回のサミットは普通のサミットではない。
今日の急遽決定したオバマ大統領の広島での演説。
今期で任期満了のオバマ大統領。
最後の最後で素敵で粋な事をしてくれる。

核廃絶、抑制が達成できず色々反論を受けているだろうけど、医療保険制度改革の「オバマケア」の効果は絶大だと思う。

「謝罪」がどうのこうのと報道されているけど、俺的には「謝罪」はどうでもいい。
ただ、政治的な捕縛の中、大統領自身が被災地を訪れるという事実。
それだけでも素敵な事だと思う。
残されたご遺族の方に対し、温かい言葉を送ってもらえたら、尚更胸が熱くなる。

過去、チェコで行われた核廃絶を具体的に訴えた「プラハ演説」。
実際に世界で落とされた唯一の国、場所だから、今回の広島訪問でのオバマ大統領の演説は、以上を凌駕するかもしれない。

オバマ大統領の人気は任期満了後も絶えないだろうなぁ。

大統領という言葉以前に、本当に心の優しい「人」。
そう行動できる器を持った大統領が羨ましく、尊敬できる。

今日この日、歴史の教科書にでも残されるであろう1日になるだろうなぁ。